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2016年02月15日

備忘録:弓構えの時の手の内。2

「力を入れない」「握らない」「柔らかく」ってよく言われるけど。
当時は、
「えー、力いれなきゃ弓持てないじゃん。」「握らなきゃひけないじゃん」「柔らかくって??」って思っていたけれど。

数年前やっとこなんとなくわかった。
表現の仕方なんだよね。
言葉尻通り捉えてたもんだからものすごく回り道してた。(^-^;

「力を入れない」ってのは、弓を持つ必要最低限の力以外入れないってこと。

そう、例えば「鉛筆を持つ」「傘を持つ・さす」「コップを持つ」などそんな程度の力でいいのだ、弓構えの時点では。
この時点で余計な力いれて手の内を作ろうとすると、そこから「打ち起こし」「大三」「引き分け」と徐々に弓の抵抗力がかかりそれなりの力がかかってくるのに、プラス弓構えのときの余計な力で手の内ガッチガチになっちゃう。
それにつられて勝手も負けないように力が入っちゃう。
結果手先で引くことになる。

もう、弓構えの時点で力んでいるからそのあとはどこをどうしようと直せない。
大三で的中が決まるっていうのはこういうことかと思った。
ここでいくら調整しようが、所詮無理な話。土台が崩れているから。
あとは小手先で中てるしかない。

手先(手首から上)で引くと、

●引き分けがしっかり収まらずからだの前で引いてしまう。

●手先の力で引くから、弓に対して力負けしてしまうので早気になる(会で保っていられない)場合もある。

●離れで押手が曲がる(後ろに折れる、打ち上げた感じのカックンってなる)

●肘(特に右)を痛めやすい。

●残心の形が悪い。

・・・はい、全部自分です。(/o\)
でも、そういう観点からいろいろ他の人を見ていると割りと当てはまる人が少なくはない。

と、言うわけで。
まず弓構え時の左右の手の内について研究することに。



※あくまでも個人的な見解ですのでぜったいこうだっていうわけではありません。

posted by かおきちくん at 11:36 | Comment(5) | TrackBack(0) | 弓魂講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月11日

備忘録:弓構えの時の手の内。

「会えない時間が愛育てるのさ〜」

とかいう某大物歌手のヒット曲の歌詞である。

最近この心境です。

強化試合が終わってからとりあえず行事関係落ち着いたなぁと思っていてやっぱ手の内おかしかったなー、どうしてもにぎりこんじゃうなー、とか思いつつ。

取り掛けとのバランスも考えつつ。
あ、そういやYosimuneがいたなーとおもいだし(弦張りっぱ)取り掛けのあんばいの試行錯誤を・・・・。

(o\o)!!

そのとき、急に思い出した。
審査前に試行錯誤してた弓構えの時の手の内。
柔らかく握るということ。
柔らかく握るという必要性。

そして、
「あ、弓太郎で手の内を試してみるか」
という、件になり。
「あ?!」
と思い出す。

で、ここから備忘録。
あくまでも個人的見解です。
だから「それちがうんじゃない?」と思うかもしれないけれど、自分の骨格・もともとやっている引き方・癖、四半世紀以上に及ぶ諸先生方のご指導などから自分なりに理解発展させたものです。


まず注意されている点を認識。
そこから「どうしてそうなるのか」の模索。

今回は、
「離れにおける手首カックン」です。

もう、昔から。四半世紀以上前から言われ続けてきたこと。
長年、それも四半世紀にも及んで身に付けた悪癖は気を抜くとすぐ出てくる。
当時ももちろん試行錯誤した。
よくなった時期もあったし、うまく行っている時もある。
ただ、「どうして出来たのか」「どうして出来るのか」の違いを把握していなかったんだと思う。

注意されなければ克服したんだと思う。
でもそれは、ただ「現時点のレベルではまぁ多目に見ようか」という類いであったに違いない。

案の定、昇格したことにより指摘の頻度が増えてきた(^-^;

去年の秋口の講習会で、今まで疑問に思っていたことについての糸口をもらい。
そこから弓力落とし、試行錯誤。

「どうしたら言われたように引き分けられるのか?!」

そもそも肩根の使い方が違っていたことが判明。まずここで疑問の糸口みっけ!

ちょうど年明けに注文していたカケも来たので早速使用。
今までかなりブカブカでこんなにフィットしていいの?と思ったけれどここも重要。
握り込みの原因はここにもあった。
また糸口みっけ!!

で、基本の基本的なところで認識が違っていたと学習。
そこからその引き分けの形に持っていくべく取り掛けと手の内の研究・研究。

で、こだわりを持ちつつコツコツと積み重ねてきたものをちょっとしたきの緩みで集中力を欠き、欠いたまま練習したもんだから「悪癖行きの特急ラビリンス号」に乗車してしまいました。

で、最初に書いた歌詞のような状況に気づきラビリンス号ただいま給油中なわけです。

まず、手の内の「握らない」「柔らかく」「力を抜く」の理解から開始。
ってか、試行錯誤しているうちに気づいたんだけどね。

つづく。
posted by かおきちくん at 16:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 弓魂講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月04日

弓具の備忘録。

物忘れには自信があるかおきちくん。
対処策として弓具の備忘録。

🌠弓
南崎寿宝15k
大菴聖人17k
大菴聖人18k

🌠矢
ジュラ矢2組93a29gくらい
ウッドカーボン(イーストン)97a24gちょい
遠的矢カーボン98a23gちょい
竹矢2組ー計測中ーa27gくらい
竹矢磯鷲96a23gくらい

📌引いている弓の強さ(自分の引尺の強さ)+11が矢の重さの目安。
例:15k→26g
  17k→28g

会の時に矢が水平で的の中心の高さに飛んでいくという基準。

らしいです。

でも自分に当てはめると、竹矢の27gは失速します。借りていた24gのがちょうどよく、磯鷲23gでも違和感なし(感覚的に軽く感じる)
ジュラ29gはさすがに重い。矢を番えた時点(そのとき重さわからず)で「こりゃ琥太郎には重いわ」と感じる。
ウッドカーボン24gちょいは今のところ違和感はないけれど軽い感じがする。矢飛びは嵌まればスゲー。(南崎寿宝)

今まで大菴聖人では竹矢27g、ジュラ29gで問題なし。引きかた改良して大菴復帰したら、ウッドカーボンと磯鷲を検証予定。

基準はあくまでも「基準」であって、個人の引き方や体型に左右されると思うので「目安」としてそこから自分に合うのを探すとよいかと。




  
posted by かおきちくん at 09:27 | Comment(2) | TrackBack(0) | 弓魂講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月14日

へなちょこ講座 教養(学科)編【や行】

Image  教養編


ひらめき
参考になればと、学科タイサクとして自分の備忘録も兼ね、一生懸命調べましたが間違いをハッケンした場合はコソリと教えてくださいあせあせ(飛び散る汗)
あくまでも回答例として、ならびにへなちょこと付いているのもお忘れなく・・・。
zarei_3.gif
4月14日追加更新ひらめき

hiyoko16.gifや行

DIMG0878.GIF矢束(やづかまたはやつか)clock.gif 

射手が引きこむ矢の長さのこと。射手によりことなる。
即ち、射手おのおのが正しい射法で引くべき矢の長さ(矢尺ともいう)。
一般に、左の親指の付け根から右の親指の付け根までの長さ、または射手の身長の約半分の長さを云うこともある。

DIMG0878.GIF揖の心得とその動作について(ゆうのこころえとそのどうさについて) 
揖とは礼の形であり、上体をほぼ10センチ位前方に倒(屈)した形。
必ず、対象(神棚・国旗・審査員・受礼者)に正対し、姿勢を正し、視線を注ぎ、「揖」をする。
感謝の気持ちや恐縮の意を表す作法として大切なものである。
揖は、道場の入退場の時、射の始めと終わり(和服着用時:肌脱ぎ前・肌入れ後、襷かけ前・襷はずし後)、失をした後などに行う。

始めの揖は、「今から心を込めて行います」
終わったときの揖は、「無事に終わりました」、「ありがとうございました」
失のときの揖は、「失礼しました」

・・・などという気持ちを表す。
動作は、呼吸に合わせて上体を約10cm屈する。
首だけを倒したり、背を丸めたりしないように注意し、腰から上体を静かに倒すようにする。
揖を終えたら、上体を静かに上に伸びるように起こす。
両手は動かさない。
受礼者(目標物)に対して、「正対」し、息合いに合わせて行う。
入場のときの揖は、二息で行う。「吸う」で屈体、「吐く」で上体を起こす。
退場のときの揖は、体が上座に正対し目線を上げてから行う。

posted by かおきちくん at 19:39 | Comment(4) | TrackBack(0) | 弓魂講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月03日

へなちょこ講座 教養(学科)編【さ行】

Image  教養編


ひらめき参考になればと、学科タイサクとして自分の備忘録も兼ね、一生懸命調べましたが間違いをハッケンした場合はコソリと教えてくださいあせあせ(飛び散る汗)
あくまでも回答例として、ならびにへなちょこと付いているのもお忘れなく・・・。
zarei_3.gif
4月2日追加更新ひらめき

hiyoko16.gifさ行


DIMG0878.GIF射法八節の要点(しゃほうはっせつのようてん)clock.gif 
射法八節とは
一本の矢を射る過程を八つの節に区分して説明したものである
一つ一つの節(動作)は連続し一環したもので、はじめの「足踏み」から終わりの「残身・心」まで、相互に深く関わり合って、前の動作は次の動作に繋がっていくものである。一つ一つの動作は分断してはならない。

DIMG0878.GIF射法・射技の基本について(しゃほう・しゃぎのきほんについて) 
射を行うにあたっての基本は5つあり、
弓の抵抗力
弓の力は反動力で会に至ったときに決定されるもので自己の体力相応のものを使用すること。
基本体型
まず、自然体を保持することが肝要である。自然体とは左右すべての活動が対照的、且つ対応的となることである。足・腰・脊柱(背骨)・頚椎の縦の線両肩・両腕・両肘・両手指の縦横十文字の規矩(考えや行動の規準とするもの。手本。規則)が基本体型となる。
その上で、「弓と矢」「弓と押手の手の内」「首筋と矢」「ゆがけの親指と弦」「胸の中筋と両肩を結ぶ線」五重十文字を構成する。
呼吸
呼吸とは意識の発動によって活動を促すときに生じる呼吸で「気息」・「息合い」という。
動作はすべての息合いとの協応(複数の器官や機能が互いにかみあってはたらくこと)によって生きてくる。これが「生気体」となり、息合いと動作が乱れると「死気体」になる。
息合いは基本動作である体配を生かし、会・離れにおける気力の充実をもたらし、気合いの発動の原動力となる。
目使い
相手や物を見つめることは目だけに心が集中し、心身がおろそかになる。
目付けのもっとも大切な要素は自己の心を見つめることであり、場の掌握である。
目使いは呼吸や姿勢に大きな影響を持つ。
心気の動き
自己統制と情緒の安定が必要である。
正しい信念にもとづき、誠をつくし・意志力・行動力に徹して、心の安定・気力の充実をはかることである。
これらが一体となり、総合的に働くことが射の基本となる。

DIMG0878.GIF残身(心)が射の総決算といわれるのはなぜか(ざんしんがしゃのそうけっさんといわれるのはなぜか) 
離れによって射は完成されておらず、なお残されたものがある。
精神でいえば「残心」、形でいえば「残身」である。
残心は離れの結果の連続であるから、離れの姿勢を崩さず気合のこもったまま体は天地左右に伸張し体形厳然(からだの形が動かしがたい威厳のあるさま)として、縦横十文字の規矩を堅持する。
そののちに、すべて残心に含まれるという気持ちで弓倒し、物見を返す。
射が立派に完成されたときは、残心も自然に立派になり弓倒しも生きてくる。残心の善し悪しによって射全体の判別が出来、射手の品位も反映する。
さらに残心は、行射の時に限らず起居進退すべての動作に伴わせることが大切である。

DIMG0878.GIF三位一体(さんみいったい) 
三位一体とは、身・心・弓の三者が合一して一体となることをいう。
その内容は、
身体の安定
心気の安定
弓技の安定
が合一して一体となる。
この三位を合一させるために弓道の先覚者は法を説き、術を述べて後進者にその意を遺している。
礼記には、身体の安定・心気の安定・弓技の審固の三点を着眼とし、これを修練することによって仁義礼智信の徳行(道徳にかなった行い)が体得されるとある。
また射法訓には「而して心を納む是れ和合なり」とあり、押し引ききわまったならば心を丹田に納め、身・心・弓の和合を図れということであり、三位合一の会を示している。
このことから弓道の修練に励むというこは三位を合一するということが目標であるといえる。

DIMG0878.GIF射即人生について(しゃそくじんせいについて) 
弓射とは的を射るものであるが、的に夢中になって自己を忘れてはいけないという経験に達する。これは反対のことのようであるが、的にとらわれた射は人の心を捉えることはできない。
日常生活においても同じようなことがいえる。弓射においては如実に経験し、それらを通じて教えられることが多い。「射即人生」「射即生活」という言葉があるが、これらはみな弓によって生活を潤し、弓によって悟りを達することを意味した言葉である。弓射によって人生を深く・豊かにすることの経験をいうことであり、単なる健康などのためではなく、実生活とのつながりを持つことから言われる言葉である。

DIMG0878.GIF指導者としての修練のあり方について (しどうしゃとしてのしゅうれんのありかたについて) 
自分の射法・射技を磨くことにより、模範を示すことが指導者として良いあり方だとおもう。
しかし、人を指導するということは難しいものである。
「弓道教本」をもとに指導する方もされる方も弓道における「真善美」を追求していかなければならない。これは単に弓の技術を磨くということではなく、人間的にも成長することを意味している。
このことから教本にある射法八節をもとに、指導者として段階的に相手の技に応じた指導法を身につけていけるよう基本に徹した修練をしていくのが理想ではないかと思う。

DIMG0878.GIF澄ましの方策について (すましのほうさくについて) 
弓を引くには常に安定した心、平常心で引かなければならない。行射においての平常心、雑念のない澄んだ心で引く状態を「三澄」といい、
@前の澄まし
A中の澄まし
B後の澄まし

の三通りがある。これを、弓の技術面(射法八節)で分けるとすれば、
@弓構えのときの心の澄まし
A打ち越しの時の心の澄まし
B引き分けて大三・中力・三分の二の時の澄ましから、会・離れた後の残心(身)に至るまで連続しての澄まし

となる。正しく弓を引くためにはこの澄んだ心が必要である。三澄心を別々に考えるのではなく連続した心と理解し、常に心にまで広げるようにしたい。
いずれも気息の調整を必要とする箇所であり、気息との深い関連を持つところである。

clock.gif

タグ:講座 学科
posted by かおきちくん at 10:22 | 弓魂講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする